星野塾





 前回は「スケール」(縮尺)とは何か、ということと、「スケール感」のある模型を作ろうとするときに気をつけるこ
とをいくつかお話しました。また、理詰めで考え過ぎると、ちょっとヘンなことになってくる場合があることも。
 今回は、実際の模型はどうなっているのか?というところから「実在感のある模型」を作る手掛かりを探ってみたいと
思います。

 ○「スケール感」と「ディフォルメ」

 ディフォルメ(美術用語)= 対象を作者の主観によってゆがめたり誇張したりして印象を強めようとする手法。

 スケールものの飛行機の話です。とりあえず1/72。機体には細かいパネルラインがモールドされているでしょう。
しかし、最近の製品の繊細な凹モールドでも、それを72倍したら実際の機体にあるものよりもはるかに太いものになっ
てしまうはずです。実機を72メ−トル離れて見たときにパネルラインが確認できるか、というのも微妙なところ。では、
なぜ、それでも(ミゾがオーバースケールなはずの)パネルラインが入っているのか?

 おそらく、パネルラインが入っていたほうが「実在感」があるから、だと思います。金型の物理的な限界でスケール計
算値どおりの細い凹モールドが入れられないこともありますが、計算値よりも太い凹モールドになってもそれが入ってい
るほうが「本物っぽい」のは明らかです。それに、もっと小さなスケールでは話も違ってくるでしょうが、1/72のヒ
コーキモデルの大きさになると、パネルラインがモールドされていなければ模型として面の「間」が持ちません。

 次はクルマの話。1/24ということにしましょう。実物が存在する「スケールもの」ですから、忠実に各部の寸法は
1/24になっているはずです。でも実際はそうでないことも多い。例えばタイヤは本物のタイヤを1/24にした寸法
よりも大きなものになっていることがあります。計算どおりの寸法の部品にすると組み立てたときに足回りが貧弱に見え
てしまうからです。やはりクルマというのは4本のタイヤがしっかりと地面を掴んでいるようなどっしりとした感じが欲
しい。そこで厳密に計算された縮尺よりも、ヘンな言い方ですが、感覚的な寸法のほうが採用されているのです。(こう
いう例は飛行機でもあって、飛行機モデルの着陸脚は、計算された縮尺寸法どおりだと立体になったときに折れてしまい
そうに見えたりするので太めにしているのだそうです。)

 また、カーモデルのボディの形は、「模型になったときにそのクルマらしく、カッコよくみえる」ようにディフォルメ
されていたりします。同じスケール、同じクルマのはずなのにキットのメーカーが違うとボディの形が全然違う!なんて
ことがあるのはご存知の方も多いのでは?

 つまり、プラモデルというのは、実はスケールものといえども製品の段階から、縮尺模型としての正確さをとるか、感
覚的な「らしさ」をとるか、どちらがより有効なのかを吟味した上でもっとも「実在感」のあるものになるように、双方
のバランスを取りながら設計されている、ということでしょうか。たとえホンモノが存在する縮尺模型であっても、ディ
フォルメとは無縁ではいられない、と。

 今度はロボットものの追加工作について考えてみましょう。1/100や1/144の場合は、パネルラインのスジ彫
りや、注意書きなどは本来省略してもよいものかもしれません。実際、1/144クラスのキット状態では省略されてい
ることも多いわけです。しかし、繊細なパネルラインが追加工作されている完成品や、整然と注意書きデカールが貼られ
た完成品をみると、兵器として、より「それらしい感じ」に見えるのは確かですし、それが実際に存在する機械の知識な
どをもとにして「本物があればきっとこうなるに違いない」と緻密に考え抜いた上での作業によるものなら、その「実在
感」は相当なものになるでしょう。

 このように、スケール的に考えると省略してしまってもかまわないようなディテールなどを付け加えることで、そのパ
ーツが機械を構成する部品としていったいどんな意味を持っているのかということを視覚的に判らせる効果が生まれます。
これが実在感につながっていくというわけです。

 スケール感を意識しながらロボットなどに追加工作をするときは、同スケールの立ちポーズのフィギュアを一体用意し
ておいて、それと比較しながら作業を行なうと、実物が存在した場合の大きさが把握しやすいです。その上で1/100
や1/144などの小スケールの場合は、追加ディテールや注意書きなどはスケール計算値よりもやや大きめになる感じ
にしてやったほうが、完成したときに作品のまとまりが良くなるということは、実際に自分でこれらの作業をやってみた
ことがある方はおそらく経験的にご理解いただけるかと思います。

 さらに、前回お話しした「小スケールのものほどエッジは鋭くなる」「機械モノはピシッとしたアールで構成されてい
る」という点ですが、この2点を実際の工作(この場合は組み立てる際の基本工作の範疇ですね)に反映させることは、
これも私の経験上から言いますと、「実在感を出す」と同時に「悪い意味でのプラモっぽさ、オモチャっぽさを消す」の
に非常に有効な手段です。別に厳密に定規で測らなくてもいいですから、作品がそうなるように心掛けて手を動かすと、
それだけで仕上がりが自然と違ってくるようになります。(作品そのものの「精密感」「清潔感」をアップするのにも効
果的ですしね。)



 ○「スケール感」とジャンル固有の「お約束」

 さて、プラモデルにはそのジャンル固有の「お約束」のようなものがあります。わかりやすいのはカーモデル。
「カーモデルのボディはスケールにかかわらずピカピカのつや有りで仕上げるのがよい。」
 本物のクルマもクルマの模型もツヤがあるものだ、という固定観念というかイメージが我々の頭の中にはすでにあるわ
けです。だから、スケール感を考えた空気遠近法の考え方よりも「お約束」が優先される。第一、ラリーカーやディオラ
マなど特別な場合を除けばクルマはピカピカのつや有りで輝いていたほうがかっこいい。

 戦車の場合もありますね。
「戦車の模型はドライブラシをかけて、エッジや細かいディテールを浮き立たせてやる。」
 本物の戦車がはたしてそんなふうに見えるのか、ということを考えると「ドライブラシってスケール感的にはどうな
の?」と思ってしまうのですが、ある程度、模型をやってきた人間には少なからず「戦車=ドライブラシ仕上げ」という
感覚はあるわけです。上手にキマったドライブラシが美しいのは事実ですし。ただ、最近はドライブラシ仕上げでない塗
装をするAFVモデラーの方も増えていらっしゃるそうなので、もしかしたら「戦車製作のお約束」の内容が過渡期にあ
るのかもしれません。

 モビルスーツならこんな感じでしょうか。
「やっぱ、Z−Plusはつや消しで、キュベレイはピカピカのつや有りだよね。」
 「スケール感」うんぬんよりもそのモビルスーツ固有のイメージでそのまま塗装したほうが機体のキャラクターをよく
表わしてくれることもある、と。

 このように、「○○とは(○○の模型とは)こういうものだ」という固定観念を優先させたほうが、見る者に対してよ
り「実在感」や「らしさ」を感じさせることができる場合も多い、というわけです。だからこそ「お約束」が「お約束」
として成立するのですね。

 固定観念の話が出てきたので、これは「お約束」ではないのですが、応用例みたいなものをひとつ。1/550の宇宙
用モビルアーマーや1/1200の宇宙艦などの巨大であるはずのメカは、宇宙用であっても空気遠近法に基づいて指定
色よりも薄い色で明度差彩度差を抑えてつや消しで塗る。理詰めで考えればこれはおそらく「大ウソ」なのですが、宇宙
に出たことのない我々のアタマの中には日常の経験から学習した「遠くにあるものは白っぽく、霞んで見える」という固
定観念があるため、模型の巨大感を演出する方法としてこれは非常に効果的だったりもするわけです。このように固定観
念を逆に利用した「ウソ演出」でかえって実在感を高めてしまう、なんてこともできたりします。



 ○意味を理解した上でスケール的な「ホント」と「ウソ」を上手くバランスさせよう

 こうしてイロイロと考えてみると、「実在感」のある模型を製作するには、「スケールってなに?」「スケール感って
なに?」ということを念頭に置いた上で、より「らしさ」を高めるために上手に「ウソ」をついてやることも必要なよう
です。そのウソも、「スケール感」とはどういうことなのかを理解した上でつくウソと、全く知らないでつくウソではそ
のウソそのものの説得力が違ってくるわけです。また、自分の作品の「実在感」を高めたいのであれば、工作技術がうま
くなることももちろん大切ですが、「本物の機械」に対する知識を学ぶことと、それを小さな模型に落としこめるセンス
を磨く、ということも(特に実物の存在しない模型については、実際にある機械を参考に、それをいかにうまく虚構のも
のに変換してやることができるか、というセンスも)必要になってきます。ただ、言葉でいうのは簡単ですが実はコレ、
ものすごくたいへんなことなので、どこまで探求すべきなのかは各人がご判断ください。手間と時間をかけてトコトン突
き詰めるのもよいのですが、それが原因で模型製作が楽しくなくなってしまうのでは「趣味」としてはどうなのか、とい
うこともありますので。

 いずれにしても、完成した作品には、製作したモデラーさんの模型に対する考え方がそのまま反映されています。理論
的なスケール感重視で攻めるモデラーさんもいれば、「ウソ演出」をうまく使って実在感を高めてしまうモデラーさんも
いるわけです。そのスケール的「ホント」と「ウソ」のバランスの取り方にこそ、モデラーさんの能力や個性が表われる
といえましょう。どちらを重視するかはそのモデラーさんの自由であるし、「ホント」重視の作品にせよ、「ウソ」重視
の作品にせよ、カッコいい作品、上手な作品というのはおそらくそのバランスの取り方が絶妙、なのではないでしょうか。
これは「スケール感」「実在感」という観点からだけの話ではないのですが、作品としての模型は、非常に乱暴な言い方
をするならば、結局のところ、方法はどうあれ、見るものを「スゲー」と思わせて「納得」させてしまえばその時点で
「勝ち」なのではないか、と私はいつも思ったりします。

 最後にひとつ。「スケール」を考えて「実在感」を高めるのは、その模型の完成度をアップさせるのに極めて有効で、
かつ一般的な方法であるのは間違いありません。ただ、誤解していただきたくないのは「スケール感」や「実在感」の追
求というのは模型の作り方のひとつの方向に過ぎないのであって、別の方向の作り方をするのもアリ、だということです。
細部のディテールをつぶしてオブジェ風にしてしまってもいいし、アニメロボットならアニメ劇中のイメージを最優先し
てひたすら絵的にカッコよく作ることをめざしてもよい。ですから、「この作品は実在感があるから優れていて、こちら
はないからダメ」とは一概には判断できないということも知っておいていただきたく思います。


 以上、星野のひとでした。
                                            (H18.9.25 )